民泊・建築基準法ガイド(親記事) > 200㎡の壁と3階建ての規制
こんにちは。
建設業許可と民泊・旅館業許可の専門家、行政書士の小野馨です。
別府や湯布院、あるいは地方の古民家エリアを見ていると、時折「信じられないほど立派な物件」が格安で売りに出されていることがあります。
「元・企業の保養所。部屋数10室、広間あり」
「築100年の豪農屋敷。延床面積250㎡の豪邸」
これを見て、「部屋数も多いし、団体客を呼べば大きな利益が出るぞ!」「この広さで500万円は買いだ!」と飛びつきたくなる気持ちは分かります。
不動産屋さんも「リフォームすればすぐに使えますよ」と背中を押すかもしれません。
しかし、建設業と法律のプロとして、ハッキリ申し上げます。
注意ポイント
その物件、もし「200㎡」を超えていたら、リノベーション費用だけで数千万円が飛び、最悪の場合、許可が取れずに「ただの大きな空き家」になる可能性があります。
今回は、不動産屋があまり語りたがらない「大規模物件の用途変更」にかかるリアルな金と時間、そして建設業の視点から見た「回避策」について、どこよりも詳しく解説します。
この記事でわかること(プロの視点)
- 200㎡を超えると必要になる「確認申請」の具体的費用と期間
- なぜ「木造3階建て」の民泊転用は地獄を見るのか?(構造制限)
- 「検査済証」がない古い建物を合法化するプロセス
- 確認申請を回避する裏技「減築」と「用途区分」
1. 「200㎡の壁」を超えた瞬間に発生するコストと期間
2019年(令和元年)の建築基準法改正により、住宅から宿泊施設(旅館業・民泊)への用途変更において、確認申請が必要なラインが「100㎡超」から「200㎡超」に緩和されました。
これにより、150㎡程度の一般的な古民家や別荘であれば、面倒な手続きなしで転用が可能になりました。
しかし、逆に言えば「宿泊に使う部分の床面積が200㎡を1㎡でも超えれば、容赦なく確認申請が必要」ということです。
「たかが書類の提出でしょ?」と甘く見てはいけません。
確認申請が必要になると、具体的にどのような負担が発生するのか、現場のリアルな数字でお伝えします。
① 図面作成・申請コスト:100万円〜250万円
確認申請は、施主(あなた)や行政書士単独ではできません。
必ず「一級建築士」などの建築士事務所に依頼し、詳細な構造図、伏図、設備図、求積図などを作成する必要があります。
ここで問題になるのが、「古い建物には図面がない」という事実です。
図面がない場合、建築士と測量士が現地に入り、柱一本、壁一枚まですべて実測して図面をゼロから復元(現況測量)しなければなりません。
- 現況測量・図面作成費:50万円〜100万円
- 耐震診断・補強設計費:30万円〜50万円
- 確認申請代行費:30万円〜50万円
これだけで、工事を始める前に150万円近くが飛んでいきます。
② 審査期間のロス:2ヶ月〜4ヶ月
図面ができても、役所(または民間確認検査機関)の審査に通らなければ着工できません。
新築と違い、「用途変更(リノベーション)」の審査は非常に複雑です。
「この階段は今の基準では急すぎる」
「排煙窓の面積が足りない」
「基礎の強度が証明できない」
といった指摘が次々と入り、そのたびに設計修正と再提出を繰り返します。
民泊事業はスピードが命です。
家賃やローンの支払いは始まっているのに、着工すらできない「空白の4ヶ月」は、経営にとって致命的なダメージとなります。
③ 現行法規への適合工事:数百万〜青天井
これが最も恐ろしい点です。
確認申請を出すということは、「建物全体を、今の最新の建築基準法(2025年時点の基準)に適合させる」と宣言することです。
築50年の古民家は、建てられた当時の法律では適法でも、今の法律には適合していません(既存不適格)。
これらを全て「今の基準」にアップデートする工事が義務付けられます。
| 指摘されやすい項目 | 必要な工事の例 | 概算コスト |
|---|---|---|
| 非常用照明 | 停電時に点灯する照明の配線・設置 | 30万〜50万円 |
| 排煙設備 | 煙を逃がす窓の新設、または排煙機の設置 | 50万〜150万円 |
| 内装制限 | 壁や天井を不燃材料(石膏ボード等)に張り替え | 100万〜300万円 |
| 階段・廊下 | 手すりの設置、勾配の緩和(架け替え) | 50万〜200万円 |
つまり、200㎡を超える物件を買うということは、「購入価格+リノベ費用+法適合工事費(数百万)」を予算に組み込む必要があるのです。
2. さらに危険な「木造3階建て」の落とし穴
「うちは延床面積150㎡だから大丈夫だ」
そう思った方、もしその物件が「3階建て(木造)」なら、200㎡超え以上に危険です。
「耐火建築物」への改修義務
建築基準法第27条などの規定により、3階建て以上の建物を宿泊施設(特殊建築物)として使う場合、原則として建物全体を「耐火建築物」にしなければならないという非常に厳しいルールがあります。
鉄筋コンクリート(RC)造なら問題ありませんが、木造で「耐火建築物」にするには、以下のような工事が必要です。
- 柱や梁を太くし、燃えにくい強化石膏ボードで何重にも被覆する(メンブレン工法など)。
- 外壁や窓、ドアをすべて防火仕様(防火設備)に変える。
- 室内の壁の中に、火が回らないような「ファイヤーストップ材」を埋め込む。
これを行うには、一度内装をすべて剥がしてスケルトン(骨組みだけ)にする必要があり、実質的に「新築するより高い」という事態になりかねません。
「3階建ての眺望が良い古民家」は魅力的ですが、民泊転用には最も不向きな「地雷物件」と言えます。
例外:200㎡未満の3階建てなら?
ポイント
2019年の改正で、3階建てであっても「延床200㎡未満」かつ「警報設備(自動火災報知設備)を設置」すれば、耐火建築物にしなくても良いという緩和措置が生まれました。
しかし、それでも「階段の防火区画(竪穴区画)」などの厳しい要件は残ります。
「3階建ては、プロでも手を焼く難物件である」という認識を持ってください。
3. 検査済証がない!「既存不適格」のジレンマ
200㎡超の確認申請を出す際、もう一つの壁となるのが「検査済証(けんさずみしょう)」の有無です。
確認申請を出すには、原則として「その建物が、建てられた当時の法律には適合していた」ことを証明する検査済証が必要です。
しかし、昭和の建物の多くは、この検査済証を紛失しているか、そもそも完了検査を受けていません。
この場合、用途変更の申請を受け付けてもらえません。
解決策:12条5項報告(法適合状況調査)
検査済証がない場合、一級建築士に依頼して詳細な調査を行い、「建築基準法第12条第5項の報告書」を作成して役所に提出し、お墨付きをもらう必要があります。
これには、コンクリートの強度試験や、図面の復元作業が含まれ、費用も期間もかかります。
「検査済証なし・200㎡超え」の物件は、購入前に必ず建築士や我々行政書士に相談してください。
4. 建設業のプロが教える「回避テクニック」
ここまで読んで「大規模物件は無理だ」と諦めかけた方へ。
ここからが本題です。
建設業許可を持つ当事務所ならではの「工事で法律を回避する(適法化する)アプローチ」をご提案します。
まともにぶつかれば数千万円かかる壁も、知恵を使えば数百万円でクリアできる可能性があります。
テクニック① 「減築」して200㎡以下にする
もし物件の面積が「210㎡」や「230㎡」など、ボーダーライン付近の場合。
思い切って「離れ」や「物置部分」、「増築されたサンルーム」を解体(減築)して、床面積を199㎡にしてしまう方法があります。
「せっかく広いのに壊すのはもったいない」と思うかもしれません。
しかし、確認申請にかかる設計料(150万)や法適合工事費(数百万)、期間ロス(4ヶ月)を考えれば、解体工事費(数十万円〜)を払ってでも面積を減らした方が、トータルコストは圧倒的に安く済みます。
また、減築することで固定資産税が安くなるメリットもあります。
テクニック② 3階を「使用禁止」にして封鎖する
3階建ての物件でも、3階部分を客室として使わず、物理的に閉鎖して「2階建て」として申請すれば、耐火建築物の要件を回避できる可能性があります。
ただし、単に「使いません」という張り紙だけでは役所は認めません。
以下のような措置が必要です。
- 3階へ続く階段を、壁や板で完全に塞ぐ(釘付けなどで開けられないようにする)。
- あるいは、3階を「オーナー専用の住居・物置」として明確に用途を分け、宿泊客が絶対に立ち入れない構造にする(区画を分ける)。
この判断は保健所や建築指導課との事前協議が必要ですが、成功すれば数百万円のコストダウンになります。
テクニック③ 「用途床面積」のマジック
確認申請が必要なのは、「宿泊施設の用途に供する部分」が200㎡を超える場合です。
つまり、建物全体が250㎡あっても、そのうち60㎡を「オーナーの自宅(居住スペース)」として使い、民泊部分を190㎡に抑えれば、確認申請は不要になるケースがあります。
これを実現するには、客室と自宅の動線を分けるなどのリノベ工夫が必要です。
まとめ:その物件、買う前に「電卓」を叩きます
いかがでしたでしょうか。
「広いから」「部屋が多いから」という理由だけで物件を選ぶと、建築基準法の壁に阻まれ、事業計画が破綻します。
しかし、逆に言えば、
「ここは減築すれば200㎡以下に収まるな」
「3階を封鎖して、1-2階だけを民泊にすれば法適合するな」
といった「建築的な判断(工事の知恵)」ができれば、ライバルが見送るような「ワケアリ大規模物件」を安く仕入れ、高収益物件に生まれ変わらせることができます。
多くの行政書士は「法律」は知っていますが、「解体工事」や「リノベ工事」の提案まではできません。
当事務所は、行政書士としての「法務知識」と、建設業許可業者としての「工事知識」を融合させ、「最もコストパフォーマンスの良い合法化プラン」を提案します。
200㎡超の物件や3階建て物件の購入を検討されている方は、契約のハンコを押す前に、図面を持ってご相談ください。
土地選びの落とし穴は「広さ」だけじゃない?
建物の広さと同じくらい重要なのが、その土地の「用途地域」です。
「市街化調整区域」の物件を買ってしまうと、いくらリノベしても許可が下りない可能性があります。
しかし、実はここにも「裏技」が存在します。